かみふじの花

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金欲しさにチョコを渡したバレンタインの思い出話

チョコを渡す相手が一人もいないので、お昼にチョコ味のパンを食べて雰囲気だけ味わう、そんな2017年のバレンタインデー。

私が「バレンタインデーに男の子にチョコを渡す」という典型的バレンタインイベントを経験したのは人生でたった一度きりで、あれは幼稚園児の頃だった。

私がチョコを渡した男の子、仮に名前をサトシとしよう。ポケモン赤緑が発売されるくらいの年だったと思うので。

サトシと私は、幼稚園からの帰路を一緒に歩いて帰っていた。
仲が良かったわけじゃなく、家の方角が同じだったので、自然と一緒になってしまう。

何か適当に喋りながら歩いていると、サトシが突然、秘密を打ち明けるみたいにもったいぶって、すごいことを言い出す。

「あのね。
 明日、おれにチョコくれたら、500円あげる。」

ご、ごごご、ごひゃくえん!?
私は驚いた。大金である。齢5歳の幼稚園児にとって、500円は大金である。

大人になった今、あの時と同じだけの驚きを味わうためには、誰かに「明日おれにチョコくれたら3万円あげる」と言ってもらう必要がある。あれ、なんか急になにかの詐欺めいてきたな。こわいぞ。

「チョコじゃなきゃダメなの?」
「チョコじゃなきゃダメ」

私は胸がときめいた。
大いなる500円の可能性にときめいた。

このサトシ、チョコの種類を指定してこない。
つまりチョコであればなんでもいいわけで、安ければ安いほど、500円を多くもらえる。

いや、幼稚園児だったから、おそらく引き算もできないし、明確に計算をしたわけではないが、とにかく「安いやつあげればいいんだ!」とワクワクしたのはしっかりと覚えている。クソガキである。

私はさっそく、サトシの指定する明日、サトシにチョコを渡すと決めた。

実は、この時の私、バレンタインデーというものを知らない。

バレンタインデーを知らないし、バレンタインデーに好きな男の子にチョコレートを渡すという文化も知らないし、明日がバレンタインデーだということも知らない。

翌日、幼稚園から帰ると、おじいちゃんに付き添ってもらってお店に行った。お店といっても田舎の小さな個人商店で、20年以上経った今でも家族経営でほそぼそと存在しているのが驚きなくらいの小さなところだ。

私はそこで、「安いチョコ」を探した。きたねえ幼稚園児である。
5円チョコとか、チロルチョコとか、まあ安いチョコはいくらでもある。

だがしかし、よく考えろ。
なぜサトシは「チョコくれたら500円あげる」なんて言い出したんだろう?
理由がわからない。何かとんでもない幸運が私に降りかかったような気がしていた。
理由がわからない以上、あまりにも安くて小さいチョコをあげると、サトシは機嫌を損ね、「やっぱりやーめた」なんてことになりかねないんじゃないか?
幼稚園児のくせに私はそこまで考えた。バレンタインデーは知らないくせにそんなことを考えるだけの知能はあった。
そして選んだのが、大きなハートのチョコレートであった。 

ちょうどこんなのだった気がする。

なぜそれを選んだのかというと、大きいわりに安かったからである。
しかも、普段お菓子売り場で見かけないような、大きなハート型だったのも、私を満足させた。
安くて、大きめで、しかも普段は見かけない、めずらしいハート型。
サトシがどんな意図で500円をくれると言い出したのかはわからないが、これくらい特別感のある大きなチョコであれば、へそを曲げるということはないだろう。

確実に500円をもらえる!

そのチョコは付き添ってくれたおじいちゃんが買ってくれた。
今にして思えば、どんな金額のチョコを選んだとて私の懐は1円も痛まなかったのである。そもそもお小遣いをもらっていないから痛む懐がない。なんであんなに安いチョコにこだわったのかわからない。

そして、私の家からサトシの家までは、おじいちゃんが車を出してくれた。
と、いうか、「今日中に渡さなければならない」という期限が私を急がせた。「車で乗せてって!」と頼んだような気がする。
なぜ今日中でなければいけないのか、バレンタインデーだからなのだが、それを知らない私は、500円を恵んでくださるサトシ様のご機嫌を損ねてはならぬと必死であった。

おじいちゃんの軽トラに乗り、サトシの家に着いた。家の場所は知っていたが、訪ねるのは初めてだった。

インターホンを押すとサトシが出てくる。

「チョコあげる!」

といって、私は大きなハート型のチョコを渡した。
おじいちゃんが後ろで見ていた。

サトシは驚き固まっていた。

私はこのとき、人生で初めて、「びっくりしてしばらくフリーズしている人間」というのを間近で見た。自分からチョコをくれと言い出したのに、どうしてこいつはびっくりしてるんだ? と思った。

サトシが驚き固まって何も言わずにいると、彼のお姉さんやお母さんがどやどやと出てきた。
女の子からハートのチョコレートを受け取ったサトシを見てご家族が色めき立つ。

「よかったねえーサトシ!」
「あらーこんないいものもらって!」

私を送ってきたおじいちゃんにお礼を言ったり、フリーズするサトシを揺さぶったりと大騒ぎになった。

はやく金をよこせよと思いながらそれを見ていた。 

結局、サトシは一言も喋らなかった。なんなんだアイツ。詐欺師か?

私は私で、彼の姉や母、私のおじいちゃんが見ている中で、労せずして大金をもらうという闇っぽい話をするのはいけないと思い、口をつぐむしかなかった。

帰りの軽トラで、500円をもらえなかった私は完全にがっかりしていた。なんだよあの野郎、と思っていた。
明日、幼稚園で会ったら、今度こそ500円をもらおうと心に決めた。

翌朝幼稚園に行くと、クラス中からはやし立てられた。

「サトシくんにチョコあげたってほんと!?」
「サトシくんのこと好きなのー!?」

てめえバラしやがったなこのクソがと思った。
しかし、「チョコあげたってほんと!?」は分かるが、「サトシくんのこと好きなのー!?」は訳が分からない。私は金が欲しかっただけだ。
サトシはなんだか妙にモジモジしているし、女の子にはヒューヒュー言われるし、ヤミ金の話をするどころではない。
そのうえ、私はわけがわからないなりにその場の空気に流されてしまい、なんではやし立てられているのかもよくわからないまま、「どんなチョコあげたの!?」という質問に対し、妙にもったいつけて「えーっとねー……ハートのチョコ!えへへ」とかやっていた。何がえへへだ。幼稚園児というのは愚かである。

その後、幼稚園でその話をした覚えはない。

小学校の給食の時間に1度だけ蒸し返され、はやし立てられるなどしたが、さすがに小学生になった私はバレンタインデーというものを知っており、「金欲しさに本命っぽいチョコを渡した」という後ろめたさがあったので、口を閉ざし続けた。

今にして思えば、サトシは多分、バレンタインデーというものを知って、女の子からチョコをもらってみたくなり、つい「500円あげる」とか言っちゃったのだろう。

5歳児のかわいい冗談であり、その冗談にマジで騙されて「現金ほしい!」と色めき立った私は間違いなくクソガキであった。

そのサトシが、来月入籍する私の夫です。

とか言えばオチがつくんだろうが全くそんなことはない。

私は相変わらず彼氏いない歴=年齢の記録を更新し続けているし、サトシは成人式で出会った時にものすごいヤンキーに成長していて「うわっ」ってドン引きしたのが最後である。

500円は未だにもらえていない。

サトシに未練があるわけではない、いや最初からサトシが好きだったんじゃなくて500円が好きだったのだが、毎年バレンタインデーになると、「500円ほしい」と思う大人に育ってしまったのは、間違いなくこんな昔の話が最初で最後の「男の子にチョコを渡した」経験になってしまっているからだ。

今のところ予定はないが、いつか彼氏ができるとしたら、ホワイトデーに現金で500円をくれるような人がいいなと思う。