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かみふじの花

20代のオタク女。 漫画とアニメとゲームが好き。 Twitter依存。 まったり更新するブログ。

私は漫画家になりたかった。

就職活動 昔の思い出 漫画

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学生の頃、私は漫画家になりたかった。
自分は絵が上手いと思っていたし、漫画も、年齢のわりにうまく描けていると思っていた。

大人になった今、私がこれから先、漫画家になることは無いだろうと思っている。

 

なぜ漫画家になりたかったのか

単純に、漫画を描くのが好きで、それ以外にこれといった特技が見当たらなかったからである。

「作家ってなんかかっこいい」という憧れもあったかもしれない。

漫画・アニメ・ゲームに興味の大半を費やしていたので、大人になってもその世界で生きていけたら楽しいだろうと思っていた。

結婚したり、子供をつくったりすることは全く想定していなかったので、作家として生きれば、自分が生きた証に、なにかしらの作品を遺して死ねるだろうとも思っていた。

 

学校の成績が悪いことから逃げようともしていた。

数学も英語もできず、学校の成績は落ちていくばかり。勉強の習慣もない馬鹿だったので、「大学を卒業しなくちゃいけない職業は無理」と確信していた。

 

結局、私は美術系の大学に入った。

その学校に通うことで、私は「自分には創作活動への熱意がない。アーティスト向きではない。」と知り、自分が漫画家はおろか、創作者に向いていないことを学び、卒業した。

 

漫画を描くのは好きか

中学生の私は、「漫画を描くのがとても好きだ!」と思っていた。

好きでなければ、月に3000円のお小遣いで漫画原稿用紙を買ったり、ペン軸を揃えたり、スクリーントーンを集めたりしないだろう。

学校には必ず真っ白なお絵かき用ノートを持参して、休み時間にイラストや漫画を描くのを楽しみにしていた。毎日ページが埋まるので、お絵かきノートを何冊も買い換えた。
毎週買っていた週刊少年ジャンプを広げて、プロの漫画を模写することもあった。

 

ただ、私は自分の描いた漫画を、どれひとつとして完結させることができなかった。
その上、ろくに世間に公表しなかった。
小説を公開する個人サイトを持っていたくせに、漫画は頑なに見せなかった。

「大人になればもっと絵が上手くなって、ストーリー漫画もちゃんと完結させられるようになるだろう。」
「今はまだ、公開すべき段階ではない。」
「今はまだ、ストーリー漫画を完結させられなくても仕方がない。」
と、ぼんやり思っていた。

私は、言うほど漫画を描くのが好きではなかったのだろう。

 

学校で毎日漫画を描いていたのは、ただ授業が退屈で嫌だったから。
ストレス発散にと、下手くそな漫画を描いて、悦に入っていただけだ。

 

今でも漫画を描くことはあるものの、相変わらず絵は下手だし、ストーリー漫画を完結させた経験も無いまま。

私には、プロの漫画家を志すほどの情熱が、最初から無かったのだと、今なら分かる。

 

あの頃の情熱は、歳相応の世間知らずっぷりと、己の「漫画を描くのが好き」という気持ちの強さを勘違いしていたことからうまれた虚像だった。

10年くらい前に戻って、当時の私に、「漫画をろくに描いたこともないくせに漫画家になりたいと言うのなら、今すぐ漫画を描いて完結させるか、漫画家になりたいと夢見るのをやめるか、どっちかにしろ」と言いたい。

 

将来の夢はただの夢

もっと早くから努力していれば、私は漫画家になれたのか?

となれば、答えはNOだ。
そもそも努力する気がなかった。
全く何の練習もしなかったわけではないが、その練習だって息抜きの一貫、程度だった。

可能性はゼロだ。

漫画を描くのは、ただ息抜きのため。
漫画の練習をするのは、その息抜きを、できるだけスムーズに行うための準備運動。
情熱を持って作品を作り上げたかったわけではない。

 

中学生や高校生になると、学校の中で「将来の夢は?」と聞かれることが増える。
進む大学や就職先を決めるのに必要だから、と教師に言われて、考える。

私が興味を持っていた分野といえば、漫画とゲーム、ときどきアニメ。
趣味として行っていた創作活動は、漫画やイラストを描くこと、小説を書くこと、それらを公開するための個人サイトを作ること。

数学や英語はだめ、科学も生物も興味がない、体育は壊滅、現国だけは良かったが古文や漢文は嫌いで、全体的に成績はどん底、大学に行ける見込みもない。

 

そんなわけで、「じゃあ、私の将来の夢は、漫画家だ!」と勘違いした。

 

私に必要だったのは、ありもしない努力への情熱を見つけ出すことではない。

そのとき見ていた将来の夢が、何の具体性も持たない、ただの幻想に過ぎなかったことに、気づくチャンスだった。

 

私自身、全く勉強をしない学生だったので、今の学生に「勉強しろ」とは言えない。
仮に私が、今の記憶を保ったまま学生時代に戻ったとしても、勉強するとは思えない。

ただ、学生時代に勉強の習慣をつけておくことは、「私はあんなことやこんなことも、やればできるかもしれない」と思える心の余裕を生む。

実際に成績の向上に結びつけば、高校を選ぶ余地も、大学を選ぶ余地も、職業を選ぶ余地も広がるだろう。

もし、この記事を読んでいる学生さんがいたら、仮に漫画家を志していたとしても、学校の勉強はできたほうがよい、と言っておきたい。

勉強できた方が、将来、金になるし、好きな漫画をいっぱい読めるからだ。

 

捨てきれない漫画家への憧れ

たちの悪いことに、漫画家への憧れが、完全に捨てきれていない。

漫画家になって、漫画一本で食っていくつもりは、毛頭ない。
どう考えても不可能だ。
私にはそこまでのやる気が無いからだ。

そう思っているくせに、物心ついた頃から趣味にしてきた漫画で、何か仕事ができないかと思ってしまっている。

「全く別の仕事をして、漫画は完全に趣味でやっていけばいいじゃん」という割り切りすら、できないでいる。

いい加減、たいした情熱を持たない分野への執着を、捨てるべきだと思っている。

それと同時に、ここまで続けてきて、未だ諦めきれないのなら、もっと足掻くべきではないか、と囁く自分もいる。

 

折衷案としての二次創作と同人誌

中学生の頃は、漫画家になりたい、なれるに違いないと思っていた。
高校生にもなるとさすがに迷いが生じ、「勉強はできないが、デッサンの試験なら通るかもしれない」という情けない理由で、美術系の大学を選んだ。

案の定、入った大学で、「私は半端者で、創作者に向いていない」と思い知る。

卒業後、契約社員として働いたり、アルバイトをしたり、職業訓練に通ったりして、これといった道が定まらないまま、ふらふらと回り道をし続けている。

 

その過程で続けてきたのが二次創作だ。

「漫画を描きたい」という気持ちがくすぶり続ており、それを二次創作で発散している。

大好きな漫画やゲームのキャラクターを借りることで、ろくに漫画を描かない半端者の私でも、重い腰を上げて、漫画を描くことができている。

同人誌を発行し、自分の作品が本になる喜びも知った。

 

それで満足していればいい。

漫画は同人だけにして、何か別の仕事に就けばいいじゃないか、私には漫画を描く情熱がさほどないのだから。

 

そう思うのに、私はどこかで納得できておらず、「でも、漫画で、漫画一本じゃなくてもいいから、なにか、仕事のできる人になりたい。」と泣き言を言っている。

 

ろくに描けもしないくせに。ほとんど努力などしてこなかったくせに。25歳になってもまだ下手くそなままのくせに。

私は、いつになったら「将来の夢」から覚めることができるんだろうか。

 

この記事は、漫画とは無関係の分野の職業訓練校に通っている、今の私が、就職活動を目前にして、迷いながら書いたものです。

 

だからオチとかはない!すまんな!